ランキング参加中です!クリックのご協力をお願いします

2021年09月01日

「 もう一人のあなたをつくる 」


「きれいな敬語 羞(はず)かしい敬語」 1

まえがきーー カナリアよ、蘇(よみが)えれ

【 敬語を滅ぼした三つの理由 】

カナリアは金糸雀と書かれるように、美しい鳥です。
きれいな声で鳴きます。

戦前、私の家でも飼っていました。
毎朝、摺り餌を与えるのが五人きょうだいの仕事でした。

中学生の頃、化学の時間でカナリアが毒ガスを作る部屋で探知道具として使われていることを知りました。

部屋の中の空気が悪くなるとカナリアは苦しげに羽搏き、
しまいには止まり木から落ちてしまうというのてす。

これまで日本人どうしの間で使われてきた「敬語」を書くことたなって、
さまざまな資料にあたっているうちに
「敬語」(謙譲語・丁寧語・美化語をふくむ)は社会のカナリアのように思えてきました。



「 きれいな敬語 羞かしい敬語 」草柳大蔵 著 より引用 〜


 草柳大蔵先生の、「花のある人 花になる人」は、大切は本です 
  同時に購入したのが「きれいな敬語 羞かしい敬語」でした 📕

  ご一緒にお勉強したいと思います 




                   
posted by vivi at 08:11| Comment(0) | 美しい言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月02日

「 敬語 」


「きれいな敬語 羞かしい敬語」 2

まえがきーー カナリアよ、蘇えれ

『敬語を滅ぼした三つの理由』

使われる「敬語」の数が減ってゆく。
この傾向と逆比例するかのように間違って使われる「敬語」の数がふえてゆく。

そのうえ、以前は間違って使われていた「敬語」が、
多数の人が使っているからいいでしょうと認知されてしまう。

この「敬語」の社会的生態系と社会の内容の変化がぴたりと合っているようなのです。
考えてみれば簡単なことかもしれません。

第一。三世代同居が拒否され(いわゆるババぬき)、
   核家族かが進行したため、
   敬語を教わることも聞くことも少なくなった。

第二。戦後の民主主義が、'' 横並び人間 '' を育てたため、
   自立志向の若者が減ってきた。
   敬語は仰ぎ見る人との関係で使われるから、
   仲間の顔を見ることの多い時間・空間の中では必要なくなった。


「 きれいな敬語 羞かしい敬語 」草柳大蔵著 より引用 〜

 ドキドキしながら読み、記しています 
  
  





               
posted by vivi at 08:38| Comment(0) | 美しい言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月03日

「 無難語 」


「きれいな敬語 羞かしい敬語」 3

まえがきーー カナリアよ、蘇えれ

『敬語を滅ぼした三つの理由』

第三。
意志や感情を表わす言葉や文章に対して社会通念の上で無難はフォーマットが登場し、
それがフロッピーにインプットされているため、
相手に伝える際に「顔」や「心」を使わず、
「指先」ですませることができるようになった。

また、情報の発信者はつねに適切な言葉を探すはずなのに、
「盛り上がる」「はまる」「見てみたいと思います」などの、
手垢にまみれた無難語を日常的に使うことから、
カナリアとしての敬語は生きる場所を見失った。


「 きれいな敬語 羞かしい敬語 」草柳大蔵著 より引用 ~

 耳の痛いお話です 





                                  

posted by vivi at 09:40| Comment(0) | 美しい言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月04日

「 自分の言葉 」


「きれいな敬語 羞かしい敬語」 4

まえがきーー カナリアよ、蘇えれ

『 私の聞いた「最高の敬語」 』

カナリアご臨終の理由は、以上の三点のほかに、まだまだあります。
あってもよいのです。
カナリアにもう一度蘇えってもらうには、空気を汚した原因を除去すればよいからです。

つまり、
縦の人間関係を結ぶことに積極的になる。

第二に、挨拶でも手紙でも「自分の言葉」を使うようにする。
すると気持ちまでがすっきりして、自主的な考えができるようになると思います。

なぜなら言葉は思想と感情を運ぶ道具だからです。

それなのに「謹啓、いつもお世話になっています」とか、
「拝啓、日に日に春めいて、お元気のことと思います」を指先で打っていて損したね、自分の人生を。

第三。昔(といったって昭和三十年半ばまでだが)の文章に接する機会を多くする。
ご参考までに、
きれいな言葉、きれいな敬語を本文中にしっかりと嵌(は)め込んでおきました。
第七章には、明治、大正、昭和の文学作品から見事な会話、切れ味のよい言葉を紹介しています。


「 きれいな敬語 羞かしい敬語 」草柳大蔵著 より引用 〜

 「自分の言葉」
   胸に響く言葉に触れることができドギドギしています  






                                          
posted by vivi at 09:08| Comment(0) | 美しい言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月05日

「 生き方 」

 

「きれいな敬語 はずかしい敬語」 5

まえがきーー カナリアよ、蘇えれ

『 私の聞いた「最高の敬語」 』

お読みいただければおわかりと思いますが、
「敬語」はもちろん、普段でも使われる言葉は、
それを使った人の「生き方」そのものなのです。

言葉はその人の生きてきた有様〈ありよう〉
 (近頃は「生きざま」という言葉が使われますが、悪い表現ですからやめましょう)
が映発したものなのです。

学歴とか職歴とかはあまり関係ありません。

学歴の高い人でも、嫉妬深い人はいつも攻撃的な言葉を使いますし、
虚名ばかり高い人は偏見と独断の表現を口にして少しも愧じるところがありません。


「 きれいな敬語 羞かしい敬語 」草柳大蔵著 より引用  

 言葉ーー それを使った人の「生き方」そのもの 
   うれしい言葉です ❣️
  




                


posted by vivi at 08:41| Comment(0) | 美しい言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする